節約とケチって、どこに差があるんでしょう?
「節約」って聞くと、ちゃんとしてる感があるんですけど、「ケチ」ってマイナスイメージしかないし、絶対に思われたくない だから、節約したいんだけど、ケチとの境界線に悩んでしまうことがある・・・
ケチと思われやしないかと、「節約してます」って公言するのもなかなか勇気がいるものです
私が考える「節約」と「ケチ」の違いは、 不要なものだけ減らすのか、必要なものまで減らすのか
不要なもの、余計なものを減らし、必要なものにはちゃんとお金を使う のは節約で、なり振り構わず必要なものへの支出まで削ってしまうのはケチ
イメージとしては、節約生活はシンプルライフ、ケチケチ生活はガチガチライフ
ただ、人によって必要なものって違うので、本人は節約のつもりなのに他人からケチととられたり、節約と思われたり… 反対に、きっちり節約してるつもりなのに、他人には理解できない趣味にお金をかけていたりすると「全然、節約してないやん?」って思われしまう
もしその趣味が、洋服やブランド品なんかだったり、旅行やグルメだったりすると、節約どころか「浪費家?」とか言われたりするし・・・
でも本人からすると、洋服やブランド品が生き甲斐だったり、旅行やグルメが癒しだったりするかもしれない
その生き甲斐や癒しのために、それ以外の無駄な出費を減らして生活するのは立派な節約生活だと思う
周りから浪費に見えることもあるかもしれないけど、本人が余計だと考えるものへの支出を押さえられていれば、それは十分な節約では?
お金を貯める目的が、世間的には娯楽と思われちゃうものだったってだけ
とは言っても、一般的な社会人として必要とされるものまでも削ってしまっては、節約もケチに様変わり…
あくまでも余計なもの、無駄なものだけを切り詰めるのが節約道
必要最低限の交際費だったり、十分な食事だったり、そういう常識の範囲を超えたものを切り詰めてしまうのは、節約ではなくて、明らかなケチ!
やり過ぎると、お金は貯まっても、別の何か(信用、健康、癒し・・・etc)を失ってしまいそうですよね
違う意味で、いろんなものを無駄遣い・・・
あと、押さえた支出がその労力に見合ってなければ、それもまた問題 例えば、交通費を押さえるためにバスに乗らず歩くこと
この歩くことが辛くて、身体も時間も必死だった場合、それは無駄で、単なるケチなだけって気がします
バスなら170円で10分、もし徒歩なら60分かかったとすると、この差50分が170円分の価値があればバスに乗る方が得だと思う
お金は倹約できても、時間や体力の無駄遣いをしてしまうことになってしまう… でも、歩くことが楽しかったり、体力作りの一環として気楽に考えられたら、50分多く時間をかけても歩くのは良いことだと思うし、バス代もかからなくてGOOD!
それは節約として、とっても理想的♪
つまり、私的なケチと節約の違いとは、必要なものまで削って、お金以外の無駄を作るってしまうのがケチ
必要と不必要のメリハリがきちんと出来ているのが節約
私が考えるところはこんな感じ
いかがでしょう?